役員は労災保険の対象外?適用されるケースや特別加入制度について
労災保険は役員にも適用されるのかどうか、気になっていることでしょう。現在では「役員」といっても「執行役員」や「使用人兼務役員」など役員と一言でいってもさまざまな役職があるため、労災保険の適用可否の判断が難しくなっています。
結論からいえば、役員は原則として労災保険の対象外です。ただし、実際は実態に応じて判断され、一定の要件を満たせば労災保険に加入できる特別加入制度もあります。
そこで本記事では、役員と労災保険の適用関係や労災保険の特別加入制度について、わかりやすく解説します。
ぜひ、安心して仕事を進めるために参考としてください。
目次[非表示]
- 1.役員は労災保険の対象外
- 1.1.労働者に限定されている理由
- 1.2.役員でも労災保険が適用になるケース
- 2.役員でも労災保険が適用になる『労災特別加入制度』
- 3.中小企業主等の特別加入
- 3.1.一人親方等の特別加入
- 3.2.特定作業従業者の特別加入
- 3.3.海外派遣者の特別加入
- 3.4.その他
- 4.労災特別加入制度の補償範囲と保険料
- 5.役員が労災特別加入制度へ加入する方法
- 6.まとめ
役員は労災保険の対象外
労災保険は、労働者が業務・通勤中にケガや病気、障害などを受けた場合に給付が受けられる制度です。あくまでも被保険者は労働者(「事業に使用される者(使用人)」で「賃金を支払われる者」)ですので、役員は原則として労災保険の対象外となります。
また、労災保険は正社員だけでなく、パートやアルバイトなどにも適用されます。雇用形態等による具体的な適用範囲は以下のとおりです。
雇用形態等 |
適用 |
---|---|
一般労働者 |
◯ |
パート・アルバイト |
◯ |
日雇労働者 |
◯ |
派遣労働者 |
◯(※1) |
法人の役員 |
✕(※2) |
同居親族 |
✕(※3) |
海外出張者 |
◯ |
海外派遣者 |
✕(※4) |
※1:派遣元の事業場で適用
※2:代表権・業務執行権を有する役員(いわゆる経営者)は適用外
※3:同居の親族とともに一般労働者を雇用し、所定の条件を満たした場合は適用される
※4:特別加入できることがある
役員は労働者を使用する側(使用者)にあるため、労災保険の対象外となります。
もし役員が業務災害でケガや病気をした場合、役員としての業務によるものについては、健康保険が適用されません。(健康保険法第53条の2および健康保険法施行規則第52条の2)。
そのため、役員の業務災害による治療費は、基本的に全額自己負担です。
ただし、健康保険被保険者数が5人未満の適用事業所において、従業員の業務と大きく変わらない労務に携わる者の業務災害は、健康保険の給付対象となります。
労働者に限定されている理由
労災保険の対象は、なぜ労働者に限定されているのでしょうか。その理由を解説します。
まず、使用者となる役員は、労働者の業務災害等を補償する義務があります(労働基準法第75条および第76条)。
具体的には、休業補償について、労働者が療養のため働けない日数に応じ、平均賃金の60%を支払わなければなりません。 しかし、中小企業などの場合、大きな事故で高額な補償を要するときには現実的に補償が難しいこともあります。
企業にとっての負担は大きく、企業が倒産してしまうと雇用を継続することができません。結局、労働者を保護できなくなるおそれがあったのです。
そこで、このような企業負担を軽減し、労働者を保護するために労災保険制度があります。
事業主側の責任を補償する意味合いもあるため、その責任を負う役員(経営者)は適用外となっているのです。
役員でも労災保険が適用になるケース
労災保険は原則として役員(経営者)は対象外ということを解説しました。ただし、役員でも労災保険が適用されるケースがあります。
役員が労災保険の適用を受けられるかどうかについて、まずポイントとなるのは「代表権や業務執行権を有さないと認められる」のかどうかです。
代表権や業務執行権については、法令や会社定款の規定に基づいた判断がされます。
次のポイントは、いわゆる「労働者性」があるかどうかが判断されます。この労働者性は「指揮監督下の労働」と「報酬の労務対償性」が具体的な判断基準です。
つまり役員であっても「形式上業務執行権がなく、事実上指揮監督を受けて労働し、労働の対償となる賃金を受けている」場合には労災保険の適用対象となります。
しかし、実際の判断は難しい場合が多いため、判断に困った場合には労働基準監督署に相談する必要があるでしょう。
役員でも労災保険が適用になる『労災特別加入制度』
役員は原則として労災保険の適用対象外ですが、業務執行権がなく、実態として労働者性があれば適用されるケースもあることを解説してきました。
しかしこれらの要件を満たさずとも(労働者と認められなくても)、「業務の実情や災害発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当と認められる一定の方」は特別に任意加入が認められています。
この制度が、「労災特別加入制度」です。
申請すれば必ず認められるものではありませんが、労災特別加入制度の対象として以下4種類が挙げられています。
- 中小事業主等
- 一人親方等
- 特定作業従事者
- 海外派遣者
※2021年4月1日からは、芸能関係・アニメーション制作作業従事者や、柔道整復師なども特別加入の対象となっています。
中小企業主等の特別加入
中小事業主等は労災保険の特別加入制度の対象であり、事業主と従事者(家族従事者・代表者以外の役員)が特別加入者の範囲となっています。
ここでいう「中小事業主等」は、以下のような企業規模の範囲内である必要があるため、注意してください。
- 金融業・保険業・不動産業・小売業:50人以下
- 卸売業・サービス業:100人以下
- それ以外の職種:300人以下
なお、上記の人数は「常時使用する労働者(常用労働者)」をいいますが、1年間に100日以上使用している労働者も含みます。
以上が特別加入の対象者であり、別途、特別加入の要件が以下のように定められています。
<特別加入の要件>
- 労働者が労災保険の対象となっていること
- 労働保険の事務処理を労働保険事務組合へ委託していること
一人親方等の特別加入
一人親方等とは、労働者を使用しないで以下の事業を行なう一人親方や自営業者およびその事業従事者をいいます。具体的には、以下に該当する方です。
- 自動車を使用する旅客または貨物の運送の事業(個人タクシー、個人貨物運送業者など)
- 建設の事業(大工、左官、とび職人など)
- 漁船による水産動植物の採捕の事業
- 林業の事業
- 医薬品の配置販売の事業
- 再生利用を目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業
- 船員法第1条に規定する船員が行なう事業
引用:労災保険 特別加入制度のしおり(一人親方その他の自営業者用) /厚生労働省
<特別加入の要件>
- 特別加入団体の構成員であること
特定作業従業者の特別加入
特定作業従事者とは、以下のような人をいいます。
- 特定農作業従事者
- 指定農業機械作業従事者
- 国または地方公共団体が実施する訓練従事者(職場適応訓練従事者、事業主団体等委託訓練従事者)
- 家内労働者およびその補助者
- 労働組合等の常勤役員
- 介護作業従事者および家事支援従事者
<特別加入の要件>
- 特別加入団体の構成員であること
海外派遣者の特別加入
海外派遣者とは、以下のような人をいいます。
- 日本の事業主から海外で行なわれる事業に労働者として派遣される人
- 日本の事業主から海外にある中小規模の事業に労働者ではない立場として派遣される人
- 独立行政法人国際協力機構など開発途上地域に対する技術協力の実施の事業(有期事業を除く)を行なう団体から派遣されて、開発途上地域で行なわれている事業に従事する人。
なお、中小規模と認められる企業規模の要件は、「中小事業主等の特別加入」に記載した要件のとおりです。
<特別加入の要件>
- 派遣元の団体または事業主と労災保険の保険関係が成立していること
その他
2021年4月1日から、特別加入制度の対象が増えました。具体的には以下のとおりです。
- 芸能関係作業従事者:俳優、音楽家、舞踊家、演芸家、スタント、監督、撮影、メイク、照明など
- アニメーション制作作業従事者:キャラクターデザイナー、演出家、脚本家、作画、絵コンテなど
- 柔道整復師
- 創業支援等措置に基づき事業を行なう人
労災特別加入制度の補償範囲と保険料
労災特別加入制度を利用した場合、本来の労災保険と何が異なるのでしょうか。
労災特別加入制度に加入すれば役員でも労災保険の給付を受けることができますが、補償範囲が限定されていたり、保険料を支払ったりする必要があります。
そこでここでは、中小事業主等(役員)が特別加入制度を利用する場合の補償範囲と保険料について、それぞれ解説します。
補償範囲
中小事業主等が補償される業務災害は、一定の要件を満たす場合に限られています。具体的には以下のとおり(一部)です。
- 申請書の「業務内容」欄に記載された所定労働時間内に、申請した事業のためにする行為(直接附帯する行為を含み、事業主の立場で行なわれる業務を除く)
- 労働者の時間外労働または休日労働に応じて就業する場合
つまり、基本的には役員としての業務遂行時の災害を除き、申請書に記入した業務が補償対象となります。
そのため、申請の際はできるだけ詳しく書くことが大切です。
保険料
役員が労災特別加入制度を利用した場合、保険料は給付基礎日額の365日分(保険料算定基礎額)について、事業ごとに定められた保険料率を乗じて求めます。
- 保険料=保険料算定基礎額(給付基礎日額の365日分)×事業別労災保険料率
- 保険料算定基礎額=給付基礎日額(3,500~25,000円)×365日
- 労災保険料率=事業によって異なる
なお給付基礎日額は労働局長が決定しますが、給付基礎日額変更申請書を労働基準監督署経由で労働局長に提出すると、翌年度より変更できます。
役員が労災特別加入制度へ加入する方法
役員が労災特別加入制度へ加入するには、「特例加入申請書(中小事業主等)」を労働基準監督署長を経由し、労働局長に提出します。
この際、特例加入申請書は「労働保険事務組合」を通じて提出します。なお、そもそも労働保険事務を労働保険事務組合に委託していることが特別加入の要件です。
労働保険事務組合への委託の流れ
労働保険事務組合に労働保険事務を委託するには、「労働保険事務等委託書」を提出し、承認を得ます。
また、労働保険事務組合に委託する際には各組合所定の料金(入会金や会費、事務手数料など)が発生しますので、可能な限り費用を抑えられる組合を選ぶことをおすすめします。
労働保険事務組合に委託すると以下のメリットがありますので、特別加入を予定していなくても委託する検討の価値があるでしょう。
- 労働保険事務の負担を軽減できる
- 労働保険料を3期に分割して納付できる
- 改正法や各種助成金の情報が手に入りやすい
労災特別加入制度への加入の際に健康診断が必要な業務
以下の業務に携わる場合は、労災特別加入制度への加入時に健康診断が必要になります。
- 粉塵作業を行なう業務(加入前3年以上従事している場合)
- 振動工具を使用する業務(加入前1年以上従事している場合)
- 鉛業務(加入前6ヵ月以上従事している場合)
- 有機溶剤業務に携わっている場合(加入前6ヵ月以上従事している場合
まとめ
労災保険は労働者が対象ですので、原則として労働者ではない役員は対象外となってしまいます。
一方、もし役員が役員業務による災害でケガや病気をしてしまうと、健康保険が適用されないため治療費などは全額自己負担です(一定の要件を満たす事業所かつ厚労省例で定めるものを除く)。
ただし役員であっても「形式上業務執行権がなく、事実上指揮監督を受けて労働し、労働の対償となる賃金を受けている」場合には労災保険の適用対象となります
上記を満たさない場合でも、中小事業主等(業務執行権のない役員を含む)や一人親方等は、特別に労働保険への加入が認められています(特別加入制度)。
ただし特別加入には要件があり、中小事業主等(役員)は労働者について保険関係が成立していて、労働保険事務を労働保険事務組合に委託している必要がある等の条件があります。
なお、一人親方等の場合も特別加入制度を通じて申請可能です。本記事を参考にしつつ、ぜひ特別加入制度などを検討してみてください。
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