精神障害の労災認定基準とは?2023年9月の改正における変更点も解説
「業務により精神障害を発病した場合、労災の対象になる可能性はあるのか?」
と疑問に思われている方もいるでしょう。
うつ病や適応障害などの精神障害は、その原因が仕事にあることを証明しづらいため、労災認定を受けることが難しいといわれています。
ほかの労災とは別に労災基準が設けられているため、まずはその内容を確認しておきましょう。
本記事では、精神障害で労災認定された過去の事例や、2023年9月の改正における変更点についてもご紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
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精神障害で労災認定された場合に受けられる補償内容は?
労災とは、業務中または通勤中にケガを負ったり病気になったりした場合に給付が受けられる制度のことをいいます。うつ病などの精神疾患も労災認定されれば補償を受けられるため、詳しく確認しておきましょう。
まずは、精神障害で労災認定された場合の主な補償内容をご紹介します。
休業補償給付
休業補償給付とは、業務により発病した精神障害を理由に仕事を休まなければならなくなった場合に受けられる補償です。
休業開始の4日目から給付対象となり、休業特別支給金とあわせると給付基礎日額の8割が支給されます。
休業を余儀なくされた場合、気になるのは賃金のことでしょう。
給付金が支給されれば、休んでいる間の生活費の心配がなくなるため、療養に専念できるのではないでしょうか。
療養補償給付
医療機関での治療が必要になったときは、療養補償給付が受けられます。
労災指定の医療機関にかかった場合は治療代や薬代が無料になる「現物支給」という形で支給されます。指定医療機関以外にかかった場合はいったん自己負担する必要がありますが、後から治療代や薬代などを請求することが可能です。
医療保障給付には入院費や移送費なども含まれており、症状が治癒するまで給付を受けられます。
障害補償給付
精神障害が完治せず、後遺障害が残ってしまった場合は障害補償給付の対象となります。
例えば、PSTDやうつ病による睡眠障害、抑うつ状態、記憶障害などが起こった場合に、障害等級認定基準に該当する可能性があるでしょう。
就労可能な職種が制限される場合は9級、通常の労務に服することは可能だが多少の障害が残る場合は12級というように、障害補償給付の金額は障害等級によって変わります。
精神障害で労災を受けるのは難しい?
精神障害により労災認定を受けることは難しいといわれています。その理由は、精神障害を発病した原因が業務によるものであると証明することが困難であるためです。
身体的なケガや病気であれば、業務中や通勤中の事故などが原因であることを比較的簡単に証明できるケースが多くなっています。
しかし、精神障害の場合は、仕事で強いストレスを感じていても「家族とのもめ事を抱えている」「借金を抱えていて悩んでいる」「身近な人が亡くなった」など、同時に私生活でストレスを感じる出来事があった場合、どちらのストレスが精神障害の原因になったかを判断することは簡単ではありません。
そのため、精神障害による労災認定を受ける場合は、一般的な労災とは別の認定基準を満たしている必要があります。
精神障害の労災認定基準とは?
精神障害が労災認定されるかどうかは、調査や審査に基づいて判断されます。精神疾患の労災認定基準には、次にご紹介する3つがあります。
労災認定の対象となる精神障害を発病していること
まず、発病している精神障害が労災認定の対象のものであるかどうかがポイントになります。
労災認定の対象となるのは、疾病及び関連保健問題の国際統計分類の第5章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害のうち「認知症や頭部外傷などによる障害」と「アルコール・薬物による障害」を除いたものです。
具体的には、次のような精神障害が挙げられます。
- 症状性を含む器質性精神障害
- 精神作用物質使用による精神及び行動の障害
- 統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害
- 気分[感情]障害
- 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害
- 生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群
- 成人の人格及び行動の障害
- 知的障害<精神遅滞>
- 心理的発達の障害
- 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害
- 詳細不明の精神障害
出典:厚生労働省「ICD-10(国際疾病分類)第5章 精神および行動の障害」
発病前6ヶ月の間に業務による強いストレスを受けたこと
次に、精神障害を発病する前のおよそ6ヶ月の間に、仕事が原因と考えられる強いストレスを受けていることも基準のひとつです。
強いストレスを感じたのが6ヶ月より前である場合は、精神障害との因果関係を判断することが難しくなるため注意が必要です。
「強いストレス」の要因となる出来事については、厚生労働省が例示している内容を参考にして判断していくことになります。
たとえば「業務に関連し、他人を死亡させた」「1ヶ月間におおむね160時間を超えるような時間外労働を行った」などは「特別な出来事」に該当し「強い心理的負荷を受けた」と判断されます。
「特別な出来事」がない場合は「具体的出来事」に記載された内容の中から当てはまるものや近いものを探し、心理的負荷の強度を評価していくことが必要です。
出典:厚生労働省「精神障害の労災認定」別表1 業務による心理的負荷評価表
業務外の要因により精神障害を発病したとは認められないこと
「仕事とは関係のない要因による心理的負荷で精神障害を発病していないか」もポイントです。
以下のような出来事があったとき、その心理的負荷の強度はどの程度のものかで労災の対象になるかを判断します。
厚生労働省の評価表によると「自分が重い病気やケガ・流産をした場合」は心理的負荷の強度がⅢ、「収入が減少した場合」はⅡ、「子どもの入試や進学があった」はⅠというように評価されています。
心理的負荷の強度が高い出来事があった場合は、より慎重に検討されることになるでしょう。
出典:厚生労働省「精神障害の労災認定」別表2 業務以外の心理的負荷評価表
パワハラやセクハラは労災として認められる?
パワハラやセクハラが原因で精神障害を発病した場合も、労災の対象になる可能性があります。
労災認定の判定に使用される「業務による心理的負荷評価表」にはパワハラやセクハラに関する項目もあり、その内容によって強度が設定されています。
たとえば「上司から治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合」や「人格や人間性を否定するような精神的攻撃を受けた場合」「無視等の人間関係からの切り離しがあった場合」などは精神的負荷の強度が「強」と判断することが可能です。
セクハラについては「胸や腰等への身体接触が継続して行われた」「継続ではないが身体接触が行われ、会社に相談しても適切な対応がなく、改善がなされなかった」などの場合、精神的負荷の強度が「強」と判断できます。
出典:厚生労働省「精神障害の労災認定」別表1 業務による心理的負荷評価表
精神障害による労災事例3選
精神障害により労災認定された過去の事例をご紹介します。
新規事業の担当になり、長時間労働もあり適応障害を発病
入社3年目でプロジェクトリーダーとして新規事業の担当となった社員が適応障害を発病した事例です。
初めて行う業務が多く帰宅が深夜に及ぶこともあった同社員は、1ヶ月あたりの時間外労働時間が90~120時間にまでなっていました。
プロジェクトに従事して約4ヶ月で抑うつ気分・食欲低下などの症状が起こり、心療内科で適応障害と診断されたということです。
上司からのパワハラによりうつ病を発病
営業職として勤務し、異動して係長に昇格した社員が、新部署の上司からパワハラを受け、うつ病を発病した事例です。
連日にように暴言とともに、書類を投げつけられるなどの行為を受けていました。
係長に昇格してから約3ヶ月で抑うつ気分・睡眠障害などの症状が起こるようになり、心療内科でうつ病と診断されたということです。
身体接触のない性的な発言を受けて適応障害を発病
工場に勤務していた派遣社員が、同じ職場の主任から日常的にセクハラ発言を受け続け、適応障害を発病した事例です。
セクハラ発言は1年以上続き、派遣先の会社と派遣元の人事担当者にほかの部署への配置換えを希望しましたが、何の対処もしてもらえなかったということです。吐き気や食欲不振・不眠などの症状が起こるようになり、心療内科で適応障害と診断されました。
2023年9月制度改正で何が変わった?
2023年9月に精神障害の労災認定基準が改正されました。この改正により、変更・追加された点は以下の通りです。
- 心理的負荷評価表に具体的出来事の追加・類似性の高い具体的出来事の統合
- 心理的負荷の強度が「弱」「中」「強」となる具体例を拡充
- 精神障害悪化の業務起因性が認められる範囲の見直し
- 医学意見の収集方法の見直し
医学意見の収集方法については、これまで心理的負荷の強度が「強」と認められるためには3人の専門医の意見が合致する必要がありましたが、改正後は速やかに労災決定ができるよう、専門医1人の意見で決定できるようになりました。
出典:厚生労働省「精神障害の労災認定基準を改正しました」
一人親方の精神障害の労災認定
一人親方においても、精神障害の労災認定基準は通常の労働者の認定基準と同様です。ただし、一人親方の場合は当然のことながら請負契約で仕事をしているため、雇用契約の労働者の時と違い労働時間の管理がなされていないことが多いのが実情です。元請けや請負先で日報等を作成している場合は大まかな始業・終業時刻の記録があることもありますが、一人親方自身でも仕事をした日、始業・終業の時刻、作業場所は常日頃から記録しておく必要があります。
なお、一人親方に限らず建設業は工期があるため、納期通りに建設工事を進行させる必要があり、天候により工期が遅れたり、トラブルが発生したりするなど長時間労働になりやすい環境にあります。特に一人親方の中でも設備工事や内装仕上工事などの工期の終盤の担当となることが多い業種では工期の遅れのしわ寄せを受けることが多く、さらなる長時間労働を強いられます。
長時間労働は精神障害の大きな原因と言われています。また、長時間労働はモチベーションの低下にも直結します。長時間労働を避けるには一人親方自身が時間管理を行うのが最適でしょう。スマートフォンなどのカレンダー機能を利用するのもいいかもしれません。
まとめ
業務によりうつ病や適応障害などの精神障害を発病した場合の労災認定について、詳しくご紹介しました。
精神障害は「業務が原因で発病したかどうか」を証明することが難しいため、労災の対象になりにくいといわれています。しかし、労災認定された場合は休業補償給付や療養補償給付・障害補償給付などを受けることが可能です。まずは、精神障害で労災認定されるための基準や過去の労災認定事例を確認してみるとよいでしょう。
本記事では、2023年9月の制度改正で労災認定基準がどのように変更されたかもご紹介しています。精神障害による労災について知りたい方は、ぜひ参考にしてください。